2014/02/04

人生万事、塞翁が馬。(もしくは善意の解釈)(*´∀`*)

全ての事は、善意に解釈し
何でも自分の糧になると心得るべし。

そんなん言ってもなかなか
実行出来るものではないですよね。分かります(*´∀`*)

でも、こないだから目からウロコな私は
かけがえのない人生を生きるためには、今日一日を大事にして
どんなに良くない事が起こっても、
それは「人間万事、塞翁が馬」だと考えるようにしています。

そしてそれは、今この年齢になったからこそ
分かること。

若いうちにそれを分かる人は稀です。
稀だからこそ、そういう人に巡り会えると心から共感しちゃうのですよ。

例えば。

今日私は朝ランの途中で、なんでもないところで思いっきり転びました。(;・∀・)
ランニングアプリを起動していたスマホは地面に叩き付けられ液晶が割れ
左膝と左肘を派手に怪我しました。


普通なら「あぁ何てついてないんだろう?!だいたいこの道は早朝はいつも真っ暗で
これじゃあ転ぶに決まってる!ムカつく!!
ほら、膝も肘もすりむけて怪我して、お気に入りのウェアも破れちゃった…
しかも見て?!スマホまで液晶にヒビが?!?!
あーーーー、もうやだ!!!!

...って、思うのが普通だし
私も一瞬そう思ってたいそう落ち込みました。

でも。

「そもそも、不注意だった私がいけないんだよね。
良かった、これぐらいの怪我で済んで。ほら、擦り傷以外は特になんともない!ラッキー!
スマホだって、今まで私が強化ガラスとかやらなきゃって思ってたのに放置してたから
こんな事になっちゃった。今度からしっかり気をつけろという警告だったんだよ。
データや操作に全く問題ないんだからホント助かった~!!
よしよし、次回からはもっと慎重に走ることが出来るはず!」


そう思えば、何てこと無い。
だって、まだ元気に生きてるんだから。(・∀・)

今日は久しぶりに転んで(笑)
痛いって事は生きてるんだなー、って思いました。



外ねこのポテ雄さん。

CA3K1329.jpg


毎日玄関先でゆっくりくつろいでいる姿が名物化していましたが


先日


「いままでどうもありがとうね」の挨拶を私たち夫婦にした後



そっと、星になりました。


持病があったポテ雄さん。それでも何だか呑気だったポテ雄さん。

一日一日を大事に、そして満喫しながら
日がな一日安心できる我が家の軒先でうたた寝していました。


ぐーたらで、何にもしていないようで居たのに
ポテ雄さんが居なくなった我が家の玄関には
余計なオスネコが回ってくるようになり

実はポテ雄さんは、我が家の用心棒を買って出てくれてたのを
居なくなって初めて知りました。


生を満喫した、ポテ雄さんに
私達もあやからなくては。



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Comment
No title
素晴らしい考え方ですね。
私は、まだ、そんな余裕はありません^^;

私も妻からは、「感謝」「心に余裕」を心がけて
生きるといいよ!と言われてますが、、、
出来ません><

でも、少しづつ心のゆとりは持とうと意識してます^^;
偶然なんてない、すべてが必然という内容の
アニメを見たときにも、心にくるものがありましたが
前向きに生きたいものです^^
No title
「善意の解釈」ホント、この年になってくると
わかるよね。何かあったとき、一瞬卑屈になっても
考え直すことができるようになってきたかも。
年よねぇ~e-446

ところでポテ雄さんはもしかして道路のド真ん中で
堂々と寝てた彼?
もう一度、会いたかったなぁ。
★ひでちさんへ
うーん、出来るか出来ないか
余裕があるかないかも
実は自分が決めてること、って説もありますよ(*´∀`*)

そういうのをふと気づくと
いろいろ楽になるみたいです。
人より悩み多き人生を歩んできた自負はありますが
ようやく色々不惑のお年頃になってまいりました♪
★桂ちゃんへ
この年にならないと気づかない事かもね。
それを若いうちに気づく人ってのは
それ相応の苦労を積み重ねてきた人なんだろうな~って
最近分かってきたよ。

お互い、こういう年のとり方なら
存外悪くないよね、(´∀`*)ウフフ
“年取って丸くなった”ってヤツかな?

そう、ポテ雄さんはあの悠々自適感が満載だった
ちょっと足の不自由だった彼です。
自分の命が短いのをちゃんと知ってたんだと思う。
ホントに「今を一生懸命生きる」ねこでした。( ;∀;)

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